[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」

No.029 ヒルデガード=ワイズマンの場合


小高い丘に、赤い髪の毛の女性が一人、たたずんでいた。
ヒルデガード=ワイズマンだ。
ガルシア=ワイズマンと出会い、ほどなく結婚してすぐの頃である。
「どうした、ヒルデ」
ガルシアが丘にやって来る。ヒルデガードが呼び出したらしい。
「あのね、ガルシア……あたい、子供は産めないんだってさ……」
「何……何故だ!? 子供が欲しいって、お前も言ってたじゃないか!」
「しょうがないのさ、あたいも覚えてないような頃に病気の治療手術でそういう身体にされてたんだ」
「そうか……だが、お前はそれでいいのか?」
「いいのさ。どうせ殺しが職業、人を育てるのなんてあたいにゃ似合わないのさ」
それきり、ヒルデガードは子供の話を口にしなくなった。

それからしばらくして、ヒルデガードに新たなる依頼が舞い込んできた。
不法ドラッグ取引の総元締めの暗殺である。
「…………行くかね」
任務の内容は総元締めの暗殺。ただし、障害になる者は根こそぎ排除すること。
警備員、家族、果ては子供も含めて、である。(もっとも敵の本拠地に子供などいるはずも無いが)
暗闇に忍ぶ、薄暗い藍色の服を着て、髪を結い、まだ若き暗殺者が忍び込む。
入り組んだ通路のある倉庫。というよりは荷物のせいで迷路のようになっている。
その荷物の中をかきわけ、足音一つ立てぬまま、ヒルデガードは忍び、進む。
もちろん、発見されそうになると、声一つあげさせぬうちに殺して、だが。
死体を隠す手際の良さも、見つからないように移動する気配りも、
そして気配の読みなども、彼女は超一流であった。

(……ここだ)
総元締めさえ暗殺してしまえば、こんな所に用は無い。
さっさと逃げ帰るだけである。
しかし、総元締めの部屋から聞こえてくる声は二人分。
男は総元締め、そして女の声。
どうやら女を陵辱しようとしているらしい。明らかに女は嫌がっている声だ。
(…………クズだね)
作戦を変更し、別の部屋から窓の方へ回り込む。
絶望し、諦めかかった女は、窓の方へ寄りかかるように立ち尽くす。
総元締めは女の諦めの色を理解し、
精力増強剤などを飲みに、小さな冷蔵庫を漁り始めた。

その時だった。
ぱき。
小さな音と共に窓が開き、女の口が塞がれ、外に放り出される。
ヒルデガードが来たのだ。彼女は『さっさと逃げろ』と目で指示する。
女は一礼すると、意外と状況対応力があるのか、素早く逃げ出した。
そしてヒルデガードは音も無く跳躍、一足跳びで未だ冷蔵庫漁り中の総元締めの背後まで踊り出た。
「天誅ッ!!」
ざしゅっ!
その一撃で全ての方は付いた。
苦しみぬく暇も無く、何故自分が死んだか分からぬまま、総元締めの人生は幕を閉じた。
そして、すぐにヒルデガードも逃げた女を追うかの如く、窓から逃走する。

しかし、激情に任せて『天誅』などと叫んだのがまずかった。
気合の声を聞かれ、総元締めの死体発見と同時に、追撃が始まっているのである。
「まずいね」
しかし、ヒルデガードは焦る事もなく、橋の下を重点的に移動する。
音を立てず泳ぐ方法などいくらでも知っているからだ。
麻薬組織の証拠品も持ち出した。既にアーム城の司法機関に送りつけておいてある。
あと数時間もすれば大っぴらに捜査が始まり、全員お縄だ。それまで逃げ切ればいい。
しかし、そこで誤算が起きた。
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
子供の泣き声!?
ヒルデガードが思わず水面に顔を出し、周囲を見回すと、箱に入れられた捨て子が一人。女児である。
紫の髪が艶やかに伸び始めたばかりの、まだ乳児を抜けきらない程度の赤子だ。
逃亡の邪魔になるなら、たとえ赤子とて始末しなければなるまい。
まして、身元も不明とあらば、尚更の事である。彼女はメタルソードを抜いた。
「…………」
しかし、何故だかは分からないが、ヒルデガードには赤子を刺す事が出来なかった。
次の瞬間、ヒルデガードは赤子を泣き喚く赤子を抱え上げ、その場から駆け出す。
危険をも顧みず、陸路を突き進む事にしたのだ。どのみちヒルデガードの技量なら、
自らの俊足だけでも逃げ切れるのだ。逃亡成功率が120%から100%になったに過ぎない。
それから数時間、無事に捜査が始まる。逃亡成功、任務完了である。
だが、彼女はまっすぐにギルドには戻らず、ガルシアの船へと向かっていた。

後にヒルデガード、ガルシア夫妻の娘として、
戸籍登録される女児は、こうしてヒルデガードの胸に抱かれる事になるのだった。


SSSの入口へ戻る
小説の入口へ戻る
トップページに戻る